Hi Fidelity Allstars

昔のコンテンツをブラッシュアップして現代に即した形態で再提供するコンテンツが、21世紀に入ってから増え続けている。その中には、解像度を変えることで新たな価値を生み出し、大きく印象を変えて提供されるコンテンツも見られる。

PlayStation 2ドリームキャストプラットフォーム向けにリリースされた『Rez』(2001年)は、映像と音楽がシンクして新たな体験を生み出すコンセプトのゲーム用ソフトだった。これを高解像度化した『Rez Infinite』(2016年)は、解像度を上げることで体験そのものが全く異なるものになったと言ってもいいくらい、劇的にゲームのエクスペリエンスが変わった。Area Xと呼ばれる新規ステージは高解像度と合わさって、宇宙や異次元空間にたゆたっているような心地よい感覚を得られ、いつまでもプレイしていたくなる独特な空間を生み出している。 さらにこのゲームは、Synesthesia Suit(シナスタジア・スーツ)という、全身に振動子とLEDが装着されたスーツを着用してプレイすることで、また新たな体験を得られる(らしい)。

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映画『ダンケルク』(2017年)は、通常のフィルムよりも大きいIMAXフィルムで撮影され、IMAXシアターでも公開された。私はIMAXシアターに観に行ったが、最初のシーンでその解像度と画面の明るさに驚き、本編中はずっと固唾を呑んで鑑賞した。すっかりオールドメディアと化した映画にもまだ可能性があるのだなと思い感嘆したものである。

Rezダンケルクほどでなくても、CDのリイシューでリマスタリングされるだけで印象が大きく変わる作品もあるだろう。1987年にリリースされたTM NETWORKのアルバム『humansystem』は、最初にリリースされたCDは当時としてもやたら音が小さかったが*1、後年のリマスター盤は音も大きくなりさらに楽しめるようになった。

テクノロジーの発達によりすべてのコンテンツは高解像度化してきたが、高解像であればいいというわけでもないらしい。

ここ数年でブームになってきている「Lo-Fi Hip Hop」なる音楽ジャンルがある。

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その名の通り、低解像度なヒップホップなのだが、これが妙に心地よいのだ。Lo-Fi Hip Hopは勉強や作業用BGMとして用いられることが多いらしい(私もそのように活用している。聞きながら作業するとけっこうはかどる)。

低解像度への回帰はインターネット世代だけに見られる現象ではない。1990年代からNHKラジオ第一で放送されている番組『ラジオ深夜便』は深夜放送にもかかわらずリスナーには高齢者が多く、その数は200万人とも言われている。聴いてみると、AMラジオの音質がコンテンツの内容に実に良くマッチしていて心地よい。

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思うに、高解像度な人造物は受け手側としても解釈するのがしんどいのだろう。一日中、細かく多岐にわたる物事にそれぞれ意識をきちんと集中し続けられるように人間はできていない。作業用BGMが高解像度なら、その分音の解釈に脳のリソースを取られるし、高解像度な音質でラジオを放送したら、体力のない高齢者は聴き続けるのがしんどい。リッチな体験が必ずしも適切で素晴らしいとも限らないと言える。

そもそも何かをきく行為を日本語では「聞く」と「聴く」としっかり区別している。英語での「hear」と「listen」も同様だ。音に意識を集中するのはやはり特別な行為だったからこそ、違う言葉が割り当てられたのだろう。それがテクノロジーによって明確にわかれてきて、音楽はリスニング向けと作業用・流し聴き用に二極化してきた。音楽の消費形態がストックとフローにより二極化してきたとも言えるだろう。

旧来のリスニング(ストック)とはつまりレコードやCDに代表されるアルバム形態である。ストック型のリスニングはステレオの前に鎮座ましまして一粒の音も逃さないように鑑賞する形態から、フェスに代表されるようなイベントで特別な体験として消費されるように変化した。普段から特別な音を聴くのはしんどいけど、ハレの場にはやはりいい音がふさわしいし、テンションも上がるというものである。

一方、フロー型の新たな音楽の使用法はストリーミングで、スマートフォンの内蔵スピーカーでmp3やYouTubeの音を音質を気にせずゆったりと聞く(あるいは感じるだけで聞かなくてもいい)。音楽や音をただそこにあるものとして受け止める、あるいは受け止めなくてもいい。選択の自由さが僕たちの精神を自由にし、脳の空き白を得ることで精神衛生的にもよりよい環境にいられるようになる。

これをサティがいみじくも提唱した『家具の音楽』に当て嵌めるならば、スマートフォンが台頭してきた現代社会は、さしずめ「家具としての情報」に囲まれた環境なのだろう。現代では家具としての情報はまだ整理されておらず快適な部屋とは言いがたいが、いずれ整理されて住みやすくなっていくのだろう。

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*1:音量レベルが大体揃えられるSpotifyで聴いてもなお音が小さい